コメント付きの動画を見ていますと、何やら世間ではそんなことが言われているようでしたので、気になって色々調べたり考えたりしてみました。
結論から言うと、特定の条件を満たしていないと難しいと思います。
では、その特定の条件について我々の世界の農業の発展に照らし合わせて思考実験したいと思います。
ちなみに個人的な意見としては、「魔法が発達した世界では農業が発達するのは自然か?」と問われれば「自然ではない」と答えますが、けして「魔法の発達が農業に影響するようなファンタジーがあってはいけない」と言っているわけではないです。
「魔法がいびつに発達したが農業は原始時代」みたいな世界観があってもいいし、「ファイヤーボールレベルの魔法もないけど、魔法による動植物の育成技術は進んでいて魔法グルメ時代を迎えている」みたいな世界観があってもいいのです。それがファンタジーです。神様を絡めれば大体の事は解決しますw
発達にかかせない発明に必要なのは99%の努力と1%のひらめきである
まずとっかかりとしまして。「何かが発達する」というのは大体の場合、今までにない物や仕組みを作り出す「発明」という工程を必要とします。
そしてこの発明は、その材料が全てそろっていれば必然的に生まれてくる……というほど単純なものではなく、今までにない発想つまりは「ひらめき」を必要とします。
この辺り農業とは関係ありませんが、「火炎瓶」の発明の例が分かりやすいと思います。
火炎瓶をざっくり説明しますと、それは割れやすい容器に油などの可燃性の液体を入れ、布切れを巻き込むようにふたをし、布切れに火をつけて投げるという武器。
容器がターゲットや地面などにぶつかって割れると、辺りに可燃性の液体が飛び散るとともに布切れの火が液体に引火。あっというまに辺り一面が火の海になるという、手間の割には非常に効果の高い優れモノの武器です。
結構単純な武器ですし、火計自体は三国志などにみられるように一桁世紀に既にあったのもので、さぞかしその歴史も古いのだろうと思われますが、意外や意外、火炎瓶が歴史上に姿を現すのは20世紀前半から中盤に差し掛かる辺りだったりします。
容器自体は油壷なり古くからありますし、油も紀元前から20世紀の間に脂肪油や植物油などから灯油などの可燃性が極めて高いものに進化していながら、火炎瓶はその登場に実に数千年レベルの長い時を必要としたのです。
そういう簡単そうな組み合わせの有効な生かし方を数千年間、誰もひらめくことが出来なかったが為に。
蒸気機関もそうです。蒸気自体は火でお湯を沸かす事が出来れば発生させることが可能で、あとはその吹き出す勢いを回転に結び付け、動力とするひらめきあればすぐに実現できるものです。
回転まではけっこう初期に実現し、1世紀にはアレキサンドリアの学者が蒸気による回転機関を作っています。ボイラーなどに必要な鉄の精製技術も二桁世紀に達する頃にはかなりのレベルまで進んでいます。
しかしそれから人類が蒸気を動力源として工業機械に生かす事をひらめき、その実用化に着手するのは17世紀もたった頃の話になります。
このように、生み出す素地が存在する事と、実際にそれが有効に使われるようになる事には大きな隔たりがあるのです。我々がその繋がりをすぐに思いつくことが出来るのは、先人たちの努力と現代教育の賜物に他なりません。
さて、魔法と農業の発達の関連性について、例えば「火が魔法で簡単に起こせるんだから、温室なんてすぐに出来るだろ」という主張がコメントに見られたのですが、では、これを我々の文明の進化と照らし合わせて考えてみます。
実際の所、これはひらめきとか、思いつくとかつかないとかそれ以前の問題です。
「熱い」と「暑い」
二つとも熱に関する言葉です。前者はものの温度を指し、後者は気温など天候的な温度を示します。
今となってはこの2つに密接な関係がある事が分かっていますが、実はこの相関関係が理解され始めたのは16世紀終盤に温度計が発明されてから後の話になります。ちなみに発明の足掛かりを作ったのは皆さんおなじみのガリレオ・ガリレイです。
それまでは、そもそも温度と言う物が具体的にどういう現象であるのかが理解されていなかったため、「熱い」と「暑い」この2つが体感的に何か関係があるのは分かっていても、その関係性を具体的に理解する者は誰もいなかったのです。
つまり、確かに部屋の中で火を焚けば中は暖かくなりますが、その暖かさと季節による暖かさが同一のものである事が分からず、よって部屋の温度を春と同じような感じにすれば、春と同じように植物が育つという考えにも至らなかったのです。
実際、温室自体の存在は紀元前あたりに見られますが、それらは単に日当たりのよい密室によって実現させる方式が主で、火を焚いて室内を温めるようなものは見られませんでした。あるいはどこかで偶然実現した人がいたのかもしれませんが、少なくともヨーロッパの歴史の表舞台に出てくる事はなかったのです。
それが、暖かくなると物が膨張する発見があって温度計が作られ、それに熱い物を近づけると同じく膨張現象が起こる事から、物理的に2つは近似する現象であるという理解がようやく出来るようになったのです。
そして、その理解をへて、さらには透明なガラスの発明もあってようやく近代的な温室という物が歴史に姿を見せます。17世紀の初めごろです。
そんなわけで、私たちが「魔法によって部屋を暖め温室とする」と考えられるのは上記のような経緯によって得られた結果を教養として理解しているからであり、それ無しではここまでの考えに至るのに千年単位の時が必要となるのです。
もし、とあるファンタジー世界で、魔法の理解に科学的な原理の裏打ちがあり「熱さ」と「暑さ」の関連性にまで理解が及んでいれば、その世界ではあるいは魔法による温室みたいなものが早期に実現するかもしれません。
しかし自分が知る限り、特にラノベ系でそこまで大系的に魔法技術の進んだ世界観を描いた作品はそう多くはないはずです。探せばあるでしょうが、それが一般的なラノベ魔法の世界観かと問われれば、そうではないだろうと思います。
魔法の発達だけでは発明は難しい
ここまで書いて、一部の人は「温室はそうかもしれないけど、それ以外で魔法によって農業の発展に貢献する要素があるかもしれないじゃないか」と反論するかもしれません。
しかし、もし「それ以外」の要素が、単に我々の科学で実現できることを魔法で体現しているだけに過ぎないのなら、やはり同じことです。
それが実現するためには魔法だけが発展してもダメで、魔法を発達に生かすに足る思考の発達が無ければ、世の中に誕生しえないのです。
それでも誕生させようとしたら、そこは一人の神にも等しい天才を出すか、あるいは未来からの転生者に伝授させるか、「神様が」「古代文明人が」というパワーワードを使うしかありませんw
そういう背景もなく、ただ使える魔法があるというだけの理由で、(多くのファンタジーが土台にしているであろう)一桁世紀程度の思考発達レベルで普通にその技術が存在してしまうのなら、その世界観はむしろ不自然なのです。
次回は、別のベクトルから魔法による農業発達について考察します。